何でもAIが詳しく調べ、丁寧に教えてくれるこの時代に、あえて自分の言葉でブログを書き続けることに意味はあるのか。正直、私自身もそう悩んだ時期がありました。
結論から言います。あります。むしろ今こそ価値があると、確信しています。
AIの限界と、人間だけが持てる強み #
もちろん、私自身もAIに課金し、日々の作業の相棒として大いに頼りにしています。今後も使い続けることは間違いありません。
しかしAIは優秀な反面、もっともらしい嘘をついたり、しれっと意見を変えたり、古い製品を最新のベストバイのように紹介したりすることが多々あります。
そして何より、今のAIに絶対的に足りないのは「自分で買って、自分で使う」という身体的な体験です。
AIはカタログスペックを比較することはできても、実際にその機材に触れたときの質感や、車中泊で目覚めたときの朝の空気感を味わうことはできません。「本当はハイエースが欲しかった。でも販売されていなかった。駐車場の制約もあった。だからアトレーを選んだ」──この一連の葛藤と納得のプロセスも、自分で考え抜いた末に出した答えだからこそ、今は深く気に入っている。AIが出力する「おすすめ車種ランキング」には、そういう文脈は一切ない。
同じ製品やサービスでも、人によって感じ方は千差万別。だからこそ、私の個人的な視点で「なぜこれを選び、どんな利点があり、どう迷ったか」をまとめた「生きた情報」には、確かな価値がある。
専門誌のような「偶然の出会い」を作りたい #
今の時代はアルゴリズムの発達により、自分の興味がある分野を深掘りするのはとても簡単になりました。しかしその反面、「それ以外の面白いこと」に偶然気づく機会が減ってしまったようにも感じます。
昔、何気なく手に取った専門誌をパラパラとめくっているうちに、全く知らなかった世界に惹き込まれていくあの感覚。それをこのブログで取り戻したいのです。
たとえば、「自宅サーバーの立ち上げ方」を調べて当ブログにたどり着いた方が、たまたま別の記事を目にして、「この人、車中泊も趣味なんだ。なんか面白そうだし、自分もやってみようかな」と新しい興味を抱いてくれる。あるいは、ガジェットの話から音楽やDTMの話へと関心が繋がっていく。
同じ境遇や似た属性を持つ方々に、ひとつの記事から全く別のジャンルの面白さが波及していく。読者の人生の楽しみを少しでも広げられるような、「個人運営の専門誌」のようなブログに育てていきたい。
それでも、まず自分が楽しむために書く #
50代になり、趣味を自由気ままに楽しむ時間が増えてきました。車中泊、マニアックな機材探し、自宅サーバー構築、DTM……。誰かに頼まれたわけでもなく、ただ自分が面白いと思ったことをとことん掘り下げ、記録し、発信する。
AIに聞けば「最短ルートの正解」が数秒でわかる時代に、あえて泥臭く体験し、遠回りして、自分の言葉で綴る。それ自体が、すでに十分な理由です。
これが、私がこのブログを本気で書き続ける一番の理由。AIには渡せない場所を、ここに作っていく。